kawabe 4月 6th, 2008

『前回』の続き
『松下 幸之助』が『高野 鎮雄』に呼ばれVHS試作機を前に放った言葉。
「ベータマックスは100点満点の製品だ。しかしこのVHSは150点だ。」
そう答え『松下 幸之助』は去っていったそうです。
この言葉で更に確信を得た『高野 鎮雄』は『ベータマックス』との全面戦争を仕掛ける事を決意しました。
それには『日本ビクター』一社だけの力でなく他社の技術も取り入れようと考えまずはライバル企業である『SHARP』や『三菱電機』に対し自らが試作機を無償で提供したのです。
そうする事で技術共有する事を訴えたのです。
その『高野 鎮雄』の誠意ある姿勢は相手企業に通じ、そうして出来上がった製品には新機能が数々導入された販売される事になるのです。
その技術とは、テープを前から入れるフロントローディングは『SHARP』、当時ではあり得なかった早送り機能は『三菱電機』その他にも数多くの技術が『VHS』には投入されたのです。
これは当時でも現在でもほとんど例の見ない事でした。
しかし、そうして製品開発をしたこの『VHS』はユーザにも受け入れらそれまで圧倒的有利だった『ベータマックス』を逆転したのです。

リストラ最有力候補と言われた工員達を一人もリストラする事なく『高野 鎮雄』は1つの巨大プロジェクトをやってのけたのです。
会社の危機を工員全員のそして工員の家族の生活を守りぬいたのです。
彼は後に『日本ビクター』の副社長に就任したのですが、彼みたいな人物こそが経営者であり人の上に立つ人間なのではないでしょうか?
その彼が副社長を退任する際に残した言葉があります。
「是非皆さん何でもいいですから、夢中になって下さい。」
彼はその二年後癌によりこの世を去りました。
270鉢の盆栽を自宅に残したまま・・・

この物語を知ったのは、大学3回生の頃です。
経営学の授業でその頃放送されていたNHK人気番組『プロジェクトX 〜挑戦者たち〜』の『窓際族が世界規格を作った -VHS執念の逆転劇』を見せられたのです。
その時、特にやりたい事もなくただ単に大学生活を送っていた私に衝撃が走りました。
「こんな自分で良いのか?」
「自分も何かできる事はあるんじゃないのか?」
そう思わされた私は、最後のエンディングの時に心を打たれ涙を流していました。
今回ある事情があり改めてこのビデオを見た時に同じような感情になりました。
「自分達はまだまだできるんじゃないのか?」
「やろうって本当の気持ちになれてないんじゃないのか?」
そう思えてきたのです。
この『VHS』を生んだ若い技術者達は当時20代の若者でした。
そんな人達が世界規格という大偉業を成し遂げたんです。
「時代が違う!」
そう言い訳する人もいるでしょう。
しかし、それは違います。
今の方がたやすく色々な事ができる時代なんです。
自分が思うようにしたいようにやろうと思えば可能なんです。
私のようなWebを扱う人間はまだまだやりようはいっぱいあるはずです。
だから、私は頑張りたいと思います!
頑張って『高野 鎮雄』のように慕われる人間になり、人に活力と夢を与え社会に貢献し、神戸にいや日本に『BUZZCOM』ありと言われるようにします!!
kawabe 4月 5th, 2008

皆さんは『VHS(家庭用ビデオ)』についてどこまでご存知ですか?
この世紀の発明には壮絶なドラマがありました。

その壮絶なドラマの主役は、『高野 鎮雄』という日本ビクターのVTR事業部の事業部長とリストラ候補達である若手技術者達です。
当時の日本ビクターは、80億円あった業績が30億円になり深刻な業績悪化を辿っていたのです。
そんな会社の中でも落ちこぼれの烙印を押された者達を集めたのがこのVTR事業部でした。
当然彼等には先行きが見えずにいました。
その彼等に『高野 鎮雄』は家庭用VTRの開発を呼びかけたのです。
その呼びかけに答えたのが若き技術者達。
それからは壮絶な開発の日々でした。
色々な壁にブチ当たりました。
機械の軽量化、映像の鮮明さ、録画時間など今まででは不可能とされた事を可能にする必要があったのです。
そんな中ソニーが家庭用VTR『ベータマックス』を発表。
それはVHSの開発の先導指揮を執っていた『高野 鎮雄』を落胆させました。
しかし、若手技術者の熱意は冷めませんでした。
自分達の開発しているモノの方が優れていると言うのがその理由だったのです。
それでも、『高野 鎮雄』は責任者として万が一開発プロジェクトが失敗に終わった時の事を考えました。
部下に対しどう責任を取れば良いかと考えた結果、彼は事業部だけでなく横浜工場工員全員分の盆栽を用意したのです。
その数270人分。
一つ一つ丁寧に自らの手で育てたその盆栽は、せめてもの彼の気持ちの表れでした。
リストラ候補者達を一人も解雇させる事なく本社からの圧力から部下を守り抜いた彼だからこそできた事でしょう。
そんな中VHSの試作機が完成しました。
その出来栄えは満足のいくものでこれならソニーの『ベータマックス』にも勝負できると思った『高野 鎮雄』はその命運を一人の男に託す事を決めたのです。
それが日本ビクターの親会社の『松下電器』創始者であり、経営の神様と呼ばれた『松下 幸之助』でした。

それから数日したある朝、横浜工場に黒塗りの車が一台。
『松下 幸之助』が自ら試作機を見に来たのです。
彼はその試作の説明を受けながら突然立ち上がり試作機に向かって・・・
この後、『松下 幸之助』は何をしたのか?言ったのか?
そしてこの後どうやってソニーに対抗し世界規格へと上り詰めたのか?
物語は佳境を迎えていきます。
それは明日ご紹介したいと思います。
kawabe 1月 11th, 2008

『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士 ガンダム』『新世紀エヴァンゲリオン』
これらはアニメ界に革命を起こしたとされる3作品です。
その中でも最大の革命を起こした『機動戦士 ガンダム』を生み出したのが「富野 由悠季」です。
この事だけでどれだけ凄い人なのかわかって頂けると思います。
私はアニメ・マンガは日本の文化と言っても過言ではないと考えています。
そんなアニメ・マンガを今のような地位に押し上げた彼は一人なのです。
ちなみに私もこの記事投稿するに当って調べていて知ったのですが、一番最初のテレビアニメ番組のあの『鉄腕アトム』の制作にも携わっていたそうです。
やはり「何もないところから何かを生み出す。」というのは凄い力が必要だと思います。
しかも、それが大人から子供まで30年もの長きに渡って支持されるモノを作り上げるなんて並大抵ではできません。
「何故ここまでのモノができたのか?」
考えてみた!
1、劇中に出てくるキャラクター設定がしっかりとしていてそれを演じる声優の配役がかなり上手い。
アムロ・レイ(古谷 徹),シャア・アズナブル(池田 秀一),マチルダ中尉(戸田 恵子)etc…
2、新たな事へのチャレンジ精神が凄まじい!!
還暦を迎えたの年に新しくコンピュータ編集を身に付けて、20年近く前のアニメ『機動戦士 Zガンダム』を映画化した。
3、フリーの時代に培った半端ない経験。
氏がフリーの時代にはとりあえず絵コンテを描きまくり色々な作品に参加していったそうです。
その時についた名が「コンテ千本切りの富野」。
「人を見る目・向上心・現場経験」この3つがしっかりと「富野 由悠季」という男の中にあったから『機動戦士 ガンダム』という作品が生まれそれに触発されて今活躍している多くのクリエイターが誕生したのでしょう。
kawabe 12月 15th, 2007

私が最近この人と一度話してみたいと思う人が評論家『宮崎 哲弥』です。
元々評論家とかコメンテーターと言われる人達は私は嫌いなんです。
理由としては、あまりに自分の発言に対して責任を持って発言しているのか?疑問に思うからです。
私は毎朝そして深夜にあるニュースやワイドショー(?)などの情報番組を一通り目を通すのですが、編集したVTRに対して彼等のコメント次第では発言者の本来の解釈とは異なった解釈を視聴者に伝えてしまう可能性があるのです。
これはとても重要な事でだからこそ専門家と称した評論家やコメンテーターがキャスティングされている訳ですが、その人達が番組の方に気を使い視聴者に向かってではなく番組制作者に向かってコメントしているように感じる時が多々あります。
その中でもこの『宮崎 哲弥』という人は、的確にどんな評論家よりも頭の回転が速くメディアで自分が発言を行っていると自覚を持っていると感じます。
例えば、わからない事でもその上でしっかりと質問しその答えを聞きそして発言するスタイル。
これって当たり前なようで結構こういう事できてる人って少ないんですよね。
しかも、この発言がいきなり核心に迫るモノであったりとかするのでそれまた聞いていると面白い。
こんなにテレビに出たり本人は会社もしているのに、どこでそんなに勉強しているのか・・・
まずはその辺りを聞いてみたいな~
kawabe 11月 25th, 2007

私が心から尊敬するシンガー『桜井 和寿』。
「彼の何処が好きなの?」
と問われれば迷わずに「才能」と答えます。
単に「才能」と言われても理解できないでしょうが、私の中ではこの言葉が一番しっくりと来ます。
彼の作る「歌詞」はその「才能」の中の1つのカタチであり、それが多くの人に共感を得て今の『Mr.Children』というBig Bandが生まれたのだと思います。
「声」も彼の「才能」でありこれは「努力」なのかもしれません。
デビュー当初の頃は、生番組で見ていると音を外す場面もチラホラありました。
しかし、近年はそんな事はまったく感じられなくなり凄く感情のこもった「声」が印象的です。
そしてその「声」がまた新しい世代のファンを獲得するのでしょう。
更には「人柄・交友関係」も彼の「才能」を示すところでしょう。
一見誰しもができる事に思うようでこれがなかなか思うようにできません。
これこそ本当に頭が良くないと不可能なことなのです。
自分の事だけでなく、ちゃんと人の事を考えられなければ良い人間関係はできないのです。
もちろんプロデューサーの『小林 武史』氏の影響も大きいでしょう。

一度聴いただけではわからない。
何度聴いても良い。
聴けば聴く程に良く感じる。
それが彼の彼等の歌です。
そんな彼等の『BankBand』としてのAlbumが1月16日に発売されます。
タイトルは『沿志奏逢2』
kawabe 10月 13th, 2007

昨日『kitakata』「T283」両氏に『本田宗一郎』の思想を話ました。
彼は経営者というよりもエンジニアであったのです。
なぜならモノについての考え方がまさにそれを表しています。
私がもっともそれを感じさせられたエピソードがこれです。
どこにも負けない速くて静かなエンジンを作る際にまずは速さを追求してその一点に没頭したのです。
そして自分の納得できたエンジンが出来上がった次に静かさを追求したのです。
この2つを次に両立できるエンジンを開発するんです。
そして出来上がったエンジンがあの名車「カブ」が出来上がったそうです。
一見これって遠回りしているのかもしれませんが、1つの問題に対して徹底的に追及する事は例えその内容が無駄であってもその行動事態は有意義であると思います。
エンジニアとして失敗はあると思うし、その失敗で得るモノは大きいと思います。
ましてやそれが必要な事であればより成果は上がると思います。
それは私達『BUZZCOM』として一番必要な事でしょう。
今だからこそできる事であり、それは今後の私達の財産になる事だと私は信じています。