平和の祭典ではないのか?

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オリンピック』とは平和の祭典と私は認識していました。
その認識は、誤りではないはず・・・。
では、何故暴動が起きている国で虐殺を行い、しかもその事に対して情報操作を行い一向に公開しようとしない不誠実極まりない国家の下行われるのでしょうか?
これを矛盾として他になんと表現すればよいのでしょうか。

こういう事態にこそ、対応するべきなのが『国際オリンピック委員会 IOC』ではないのか?
色々な大人の事情がそこにはあるのだろうが、そんな事でやるのであればそんなオリンピックなんかやるな!って言いたい。
それは、もうオリンピックではないのだから。

これは聞いた話ですが、独裁国家(社会主義国家)で行われた国家は20年を持たずに崩壊しているそうです。
ベルリン・モスクワそして今回の北京・・・。
そうなる事を私は祈ります。

「平和の祭典ではないのか?」への19件のフィードバック

  1. オリンピック商業主義は昨日今日言われたことではありませんが、
    ワールドワイドスポンサー(例えばコカコーラやマクドナルド)は
    100億円は払っているようです。
    ですから、アメリカはまずボイコットしません。
    他国も経済で密接に関係がある以上ボイコットは難しいでしょう。
    そして、かの国は面子にかけてやります。
    オリンピックは開催されるんです。
    ですから、開会式や表彰台で選手達は色んなことができるんですよ。
    生中継で全世界へ向けてね。
    あんなことやこんなこと・・・

    だから、僕は北京オリンピック開催賛成派になりました。

  2. そうですね。情報が少なくて、確かなことが言いにくいのだけど、ダライ・ラマ14世もオリンピックは開催すべきとの意見だそうです。また、チベット独立を要求しているのではなく、あくまで「高度な自治」の要求だと(彼がかつてオウム真理教の宣伝に一役かってしまったのはかえすがえすも残念ですが)。

     ダライ・ラマの抑制された対応によって、かえって中国政府の「ウラで糸を引いているのはダライ・ラマ」という宣伝が滑稽に写るので、これは良く考えられた対応だとと思います。

     そして、チベットの市民、僧侶たちには、どうか中国政府にデモはともかく、「暴動」ととられる行動はなんとか避けて欲しい。命をドブに棄てるようなもんです。
    (天安門事件でもわかるとおり、中国政府はイザとなったらたとえ漢民族相手でも実力行使をためらわないところがあるので)。

     ビョークじゃないけど、「Tibet Free!」と誰かが表彰台で叫んでくれないかと思ったりもします。

     チベットに限りませんが、世界の各地で未だに存在する「暴力による抑圧」のニュースは見るたんびにウンザリ!

  3. slytribesさんが賛成派とは驚きました。
    でも、単なる賛成派って訳ではないみたいですねw
    私も商業主義的な部分が悪いとは思っていませんが、あまりにも今回の北京五輪は節操がないように個人的に感じます。
    根本的なオリンピックの存在意義を否定してまでやる必要があるのか・・・。
    そんなものを皆望んでいるのでしょうか?
    どちらにしろ一番かわいそうなのはこの大会に向けて頑張ってきた選手達ですよね。
    彼等が納得できる舞台を、とりあえず中国政府には全力で作ってもらいたいです。

  4. はずさわさんの仰るとおり暴動ととられるデモはやめてほしいですよね。
    「高度な自治」
    そもそもあの国にあれだけの領土を維持できるのか?それが疑問です。
    できていない訳だから今回のような事が起きる。
    そこのところを国のTOPは早く気付くべきです。
    っていうか気付いて私服を肥やしているだけなのでしょう。
    だって今の上層部のほとんどがエリートで他の国を見てきている人達ばかり。

    あれだけの労働力があるんだからもっとよりよい方向に使えば良いのに・・・
    このオリンピックをきっかけに何かが変わってくれればいいのですが、それも無理というもんですかね。

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